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高校生のとき、野球部のマネージャーをしていました。
全国大会予選には、必ず学校名が書いてある
旗を持っていき、応援します。

わが高の旗には『燃えよ ○△高校』と書かれてありました。
なんで、『燃えろ』じゃなくて
『燃えよ』なんだろうね〜って
先輩とかと話していました。

一応伝統ある旗でしたが、なんと保管はゴミ袋。
そのおかげで、
雨降りの試合の後
誰かが、ゴミと間違って捨ててしまいました。

いつか、甲子園にいくことがあれば
OB・OGで、作らないといけないな〜って思ってます。

 

旗がたなびく風景というと、小学校時分の秋の大運動会を思い出す。
アメリカ、イギリス、エジプト、オランダ、カナダ、そして日本。という具合に会場には、世界の国々の旗が、風にたなびいていた。

運動会前、授業で、好きな国の旗ではなく、気に入ったデザインの旗を作ったこともあった。
色合い的に、イタリアとフランスの旗がボクのお気に入り。

運動会の時、各自それを持参。応援に使った。
小学校時代のとても良い思い出だ。

別に旗を振って何かを主張するわけでもないのだが、お手製のお気に入りの旗は、しばらくボクの勉強机の前に飾ってあった。
それが原因かどうかは不明だが、今でもイタリアとフランスの料理や映画が大好きだ。

私が最近見た旗は、昨日車を運転していたときに見た、お弁当屋さんの旗です。

美味しいお弁当、安くて上手いお弁当、ほっかほっかのお弁当など、たくさん店の前に旗が立っていました。

そして、思わずお店に入ってしまった私です。

全然、お弁当を買う予定はありませんでしたが、そういった魅力的な言葉が書いてある旗を見ると、感情が行動を決めてしまいます。

実際、美味しいお弁当でしたが、まあ普通のお弁当でした。

きっとその道路を通るときはまた、買ってしまうでしょう。

旗の思い出は、以前アルバイトをしていた喫茶店で、世界の国旗を飾ったことがありました。世界の子供たちとのふれあいのためのイベントを行ったときです。

そのときは、その活動に参加している団体の関係の国から、子供たちとその親を招待して貸切のパーティを行いました。

いつもの喫茶店とは全く別世界のようなにぎやかな雰囲気で、世界の国旗の旗の布を紐で天井からつるしたり、とてもおおがかりなものでした。

旗はそれぞれの国の色鮮やかな模様のものばかりで、楽しいひとときの思い出です。

小学生の頃の昔の思い出なんだけど、私の通う小学校では毎年「クラスマッチ」が秋にあったの。子ども達の部とお母さん達の部。

で、その時いつも決まって作成したのがクラス毎の応援用の旗。

放課後の教室でクラスの代表10人くらいであれこれと案を練って作成する。これが物凄く楽しくて、夕方遅くなるまで頑張って作っていたのを覚えている。

今思えば「プチ部活動」のようだったのかもしれない。

クラスマッチ当日も、苦労しながら、楽しみながら作成した旗を持って応援する、これがまたとっても楽しかった。自分のクラスが勝ち進むとまた更に大盛り上がりで。

「旗を作る」といった活動自体が団結心を向上させてくれるし、それにクラスマッチが加わって毎年、運動会よりも楽しみにしてた企画だった用に思う。

こういうことって「机上の学習」よりも大切だったりするんだよね。

中学時代、新学期が始まると同時に、クラス目標を立てます。

「夢」「努力」・・・など、一年間のキーワードともなる言葉なのですが、同時に、その言葉をクラス旗として取り入れるんです。

大きな旗の真ん中に言葉を入れ、思い思いのイラストなんかを飾ります。

作り終わると、クラスのシンボル的存在となる旗は、普段はクラスの教室に飾られています。

そして、球技大会や体育祭の際には、このクラスごとの旗を振りながら応援をしたりするわけです。

3学期にもなると、汚れなども目立ってくるけれど、それはそれで思い出がいっぱい染み付いた・・・という事でよし!!

こういった旗、学校などで、どんどん作ってもらいたいですね。

私にとってもっとも印象に残っている旗は、高校の応援旗です。高校生のときは、部活動に打ち込んでいたので、試合などがあるたびにその応援旗が登場して、場を盛り上げてくれたことが強く印象に残っているのです。応援部という組織があって、彼らが中心になって応援活動をするのですが、旗を持つ人はずっとその旗を持ち続けているんです。一度持たせてもらったことがありますが、あの旗は、なかなか重量もあって、ずっと持ち続けるのは相当たいへんなんですよね。しかし、遠くからでも目立つ旗の存在があってこその応援活動なので、その象徴として中心にある旗については、いまでも目に焼き付いているというような感じがするのです。

小学生時代、学校に通う途中でいつも目に止まる旗が有りました。

その旗は交通安全協会の旗でした。

旗の中には『飲んだら乗るな、乗るなら飲むな!』と言った飲酒運転に呼びかける内容でした。小学生ながらにいつも親に口癖の様に言っていたのを思い出します。

その他、運動会でいつも使われていた世界の国旗は好きでした。運動会の前の日になるとPTAの方達が集まり、掲げてくれて、その旗を見ると運動会の気分になりワクワクするものでした。

つい先日、頭のトレーニングでアメリカの国旗を塗り絵するという
問題にぶつかりました。何も考えてない時は意外とすらすらと出て
くるのに考えれば考えるほど旗のボーダーの色や星の色が思い出せ
ず、たかが塗り絵に四苦八苦。できるだけ調べないで、ふと発見し
たり、テレビの画面で気がついたりがテーマなので未だ未解決なの
です。気になって何をするにも旗の事が頭から離れず掃除機をかけ
ながらも「星条旗よ永遠に」のメロディーをいつの間にか口ずさん
でいる始末。オリンピックが始まれば「あっ、そうだ!」と思い出
すのでしょうね。でも、その時はもう旗の件を忘れていたなんて、
いろんな事が頭をハタハタと駆け巡ります。

新年になると必ず行われる東京消防出初式。
それと数日の違いで行われる各地の消防団始式
団旗を筆頭に各分団旗が入場するシーンはその行進曲とあいまって
感極まるものがあり、今年も一年間地元住民の生命と財産を守るという
使命感が湧いてきます。
それにしても少なくなった団員、この旗のもとに大勢集まってください。
「我が身は自分で守る」という意識の上で、活躍しようではありませんか。
自分だけはという意識を忘れ、この旗のもとに集まれ!!
若い人の入団を期待しています。

初めてサッカー日本代表の試合を見に行った時の話です。





試合は一進一退の攻防。0-0のままハーフタイムに突入しました。

応援で熱くなった心と体を休めていた時、急に目の前が暗くなりました。





一体何事が起こったのかと驚きましたが、よく見てみると日の丸が透けて見えました。

これがビックフラッグかと感激した一瞬です。







そういえば入場前に応援メッセージ書いたっけと思いながら、必死でフラッグに触りまくりました。





今まではTVでしか見た事が在りませんでしたが、実際に手で触れる事により、ようやく自分もサポーターに成ったなぁと思った出来事です。

旗のイメージと言えばなんとなく学校ではないでしょうか。私が思い出すのは、やはり学生の頃で、なんと言っても学園祭です。

応援の時に見た色とりどりの大きな旗も印象に残っていますが、体育祭で旗を使った演技をしたことがあるのです。その旗は青と白の一人2枚ずつあり、それぞれ自分で作った物でした。作ると言っても、旗ですから作り方も簡単な物でしたが、シンプルなだけに統一感があり、グランドでは映えたと思います。観てくれた人もきれいだったと言ってくれました。振った時のすがすがしい音を今でも思い出します。

私が通った高校では、援団の際に、応援旗を作成します。

衣装とともに、得意分野でみんながかかわる・・と言うものです。

かれこれ20年以上前になるので、画像として残ってはいませんが、今でも夜中までかかって作成した衣装や応援旗のことはよく覚えています。

その当時流行ったイラストやアニメなど・・・もしくは絵の上手な人が考えたオリジナルの旗。

ずーっと続いた行事でしたが、今年度限りで、統合して私の母校はなくなってしまいます。

統合先の学校でも同じようなことはしていますが、規模の違いがあります。

思い出に残る旗・・・それは、青春時代の1シーンです。

最近、気付いたこと。町中になんと旗の多いことか。特に飲食店街は数え切れないほどの数の旗がありますね。メニューの旗やキャンペーンの旗、様々です。
で、風で揺れるからどうしてもそこに目が行きますよね。わたしの記憶に新しいのは、お店の看板は無くて、大きな旗だけ。「魚」って書いて丸で囲んでるだけのシンプルな物。
お店は居酒屋風だったので、「なるほど、このお店の売りは新鮮な魚を使った料理なんだろうな」とすぐにわかりました。
お店のこだわりを長々と書いて店頭に掲示するよりも、とてもインパクトのある方法だと思いました。

私が小学校の頃 軟式野球をやっていてユニフォームと旗を作ることになり みんなで2ヶ月くらい旗のデザインを考えたことを思い出します。

私は野球が下手で補欠でしたが何か役に立ちたくて 「カッコよくて目立つ」 旗を考えました。 旗のマークをユニフォームにも入れることになっていたのでアイデアを出し合い みんなの投票で決めることになっていました。

野球チームの名前が リトルイーグルス だったので 羽ばたくイーグル をイメージしてイラストを何回も描き一番気に入ったものを監督に提出しました。

最初はみんなの投票で 旗 のデザインを決めるということでしたが、私がイラストを提出して二週間くらいで私のデザインしたものが 旗 とユニフォームのマークになっていました。

なぜ投票もしないでいきなり決まったのか理由を監督に尋ねたら 私が「一生懸命考えていた」 事をみんな知っていたそうでした。だから私のデザインで 旗 を決めたのだと。

今でもリトルイーグルスは私がデザインした 旗 を使っています。

中学に入って初めてクラスマッチのことだ。

小学生の運動会とは異なって、生徒の自主的な企画などが重んじられる傾向にあり、クラスマッチの応援についてもそうだった。

全校生徒が紅白に二分された小学校の頃と違って、学年にある他のクラス全てが「敵」だった。



今日のように、「怪我するといけないから…」とか「順位をつける、優劣を明らかにするのは、平等の精神に反する」などと、柔なことを言っている時代ではなかったから、クラスマッチの直前は仲間の大半が戦々恐々としていた記憶だ。



だから、当然に応援にも熱がこもった。

それを象徴するのが「応援旗」だった。

だれに言われるものでもなく、自然発生的に応援旗の企画が持ち上がり、他のクラスには内緒にして秘密裏に製作された。今日のように、具合のいいペイントの材料が手に入り難かったから、色別の油性フェルトペンを使った。

旗の生地は、使い古された木綿のシーツだった。

竹竿にくくり付けて、できあがった。



さて、クラス団結の象徴が翩翻と初めてのクラスマッチを迎えた。

空は生憎の曇天だったが、応援旗は確かに輝いていたと思う。

当のクラスマッチの結果たる勝敗や順位に関する記憶は薄れてしまったが、その応援旗に描かれたツルの図柄や製作風景のことはよく覚えている。

今となっては懐かしい思い出だ。

思ったことを伝えるのは難しいですよね。
しかもスポーツの試合とかのように離れていて、声もまともに届かないような時は伝えたくても伝える術がないですよね。
わたしは高校時代に高校総体に出場したとき、応援の友達が大きな旗を作ってくれてるのを見て、とても力が湧いたのを覚えていますね。
最後まで諦めるな!そう書いてあるだけなんだけど、伝えたいことは十分に伝わったよ。旗の力、文字の力ってバカにできないほど効果があります。
だからお店の人も店頭に旗を掲げて宣伝するんでしょうね。

旗はとても不思議な力がありますよね。わたしの記憶に残っているのは、テレビで離島を離れて進学する友達を見送る時の旗でした。
大きな旗を10人くらいで抱えて、送り出す友達の名前と似顔絵を描いていたの。
とてもシンプルな旗だったんだけど、友達を思う気持ちってのが良く伝わって来ました。
お店なんかの旗もそうですよね。風ではためいて存在を示してくれる。言葉以上に伝えたいことを伝えてくれる魅力が旗にはありますよね。
今度、定年退職する上司のためにみんなで旗を作って、寄せ書きでもしようかしら^^。

長崎県の小さな島に私の親戚が住んでいます。

お盆になると船の大漁旗を掲げお墓で爆竹をならします。



同じ日本でも変わった風習があるものだと思いました。

この大漁旗というのは、同じやつはひとつもありません。



それぞれ、船の名前を書いたり大漁を祈願したりする文字

が書かれています。そして、その旗の美しさといったら相当なものです。



この島だけではなく全国どこでも漁師さんが使う旗というのは派手なのですが、実際自分の目で間近でみると迫力が違いますよ。



大きいものだと5m以上ありますからねー。5mをこす旗に色とりどりのカラーと船名がかかれ大迫力です。



私が旗と聞いて思い出すのは、漁師さんの大漁旗です。

毎年行われる大学の学祭で旗をつくるのは、実行委員の役割
でした。
そこで、毎年友人たちと強力して、学園祭の旗つくりをしてました。
色んな旗ができあがって、デザインするのも楽しかったです。

大学っていうと、独自の旗があるんですよね。
マラソンの試合なんかでも全国から集まってきた旗なんか
を見ると、あぁ〜母校ができるーって風になんだか感動しちゃい
ます。
カラーもその大学のものだし、その旗についてるマークだって
その大学独自のもの。それを見ると、愛着がわいてくるっていう
か、何年も大切に守られてきてるそんな伝統を感じることが
できます。
どっしりとしてる旗って力強さを感じることができて大好きですね。

私が印象に残っている旗といえば、小学校6年生のときにやっていたバスケットの大会で掲げられていた旗です。

次勝てば、大きい大会にいけれる!!ってときでした。

いつもは普通のチーム名がはいっただけの旗を掲げてたんですが、後輩たちの応援メッセージを書いた寄せ書きの旗を急遽、掲げてくれました。

見にきていない後輩たちが応援してくれているようで、うれしかった覚えがあります。



試合中にも、目に入る応援の旗。

とっても心強かったです。



試合は結局負けちゃったけど、その旗は強く私の心に残っています。

私が思い出のある旗。



それは中学校のときの学校旗です。

部活の試合のとき、かならずこの旗をかざって試合したんですね。

これがないと、気持ちが入らない。そんな感じがします。



自分の学校の象徴。

自分は学校の代表で試合をしているんだ、という意識。





こういったものを旗が与えてくれた気がしています。





自分がこの旗から何か力をもらっているかのような、そんな感じをいつも受けていました。



旗。ただその一枚に、私は力づけられ、勇気をもらっていたんだな、と今は思います。

一年の始まりにと、だいたい毎年恒例で行ってます、一般参賀
なんとなく、日本人として、身が引き締まる思いがします

以前は、年配の人が多かったですが
最近では、若い人も、けっこう来てますよ

みなさん、日の丸の旗を、一斉に振るので
その光景は、圧巻です!
旗を振る音も、すごいですよ!
日本人って、愛国心が低いと思ってたんですが
一般参賀の、この旗の多さと
懸命に日の丸を振る、みなさんの姿を見ると
改めて、日本の良さを感じるんです

昔は、おおくの家で、元旦や祝日などに
日の丸の旗を飾ってましたが
最近では、近所でも1件だけになりました
日本と言えば、やっぱこの旗でしょ!

幼稚園児だったから、記憶がずいぶん薄れているのだが、私の住んでいた街を昭和天皇が通る(通るだけ)というので、旗振りに町内の幼稚園児、小学生、ほか多数、駆りだされた記憶がある。

前日あたり先生が引率して場所の下見もしたんじゃなかったかなぁ。動因場所が幼稚園から程近い場所だったからだと思うけど。

「合図あったら、旗を振るんですよ」

と先生。そして合図で旗を振る練習。肝心の旗はないため、園児な私、いまいち旗の感覚が掴めなかった。天皇陛下がテレビでしか見ることのできない人なのはわかっていたが、何せ、園児なので、テレビに出る人など天皇陛下でなくても、こんな田舎にくることなどないことだったので、大人の人たちは準備で右往左往だったんだとうとは思う。

でも私は、支給されない旗を振る練習の不思議さに首をかしげるだけでよかったんだから、子供ってやっぱいいよな。

当日、現地で渡された旗に(確かに当日配るのが一番安心だ、綺麗だし忘れたりする子もでないわけだしね)、テレビでは見た光景をこれから自分たちがやるのかと旗を見ながら思ったものだ。

昭和天皇の乗った車はあっという間に通り過ぎたらしい。

園児なので、先生の合図に集中していたし、旗振り始めたら、旗振るのに必死でそれに集中してたから、気づいたら、もう通った後だったから。

何も覚えていないけれど、ピシッとした紙の旗がパタパタといい音をたてるので、その音が今でも耳から離れないでいる。

旗に注目する機会って、学校行事や何かの大会などでしか思いつかないんですが、

小学校の頃は毎朝、朝の朝礼の時に国旗と、学校旗を揚げるというのが朝のはじまりでした。

「全校生徒、注目」で旗の方を全員向くんですが、今ってこういう機会あまりないんじゃないでしょうか?

今思えば、学校の旗はその学校のシンボルであり、マーク、目印で、とても重要なものなんだなって思います。

なかなか自分の学校の旗をまじまじと見る機会がないのですが、

マンホールにその町や市のシンボルマークが描かれているのと同様、旗にもその学校のシンボルマークがあり、同じものがないと言う意味で、色んな旗を見てみるのは楽しいかもしれませんね。

次に旗を見る機会があれば、じっくり見てみたいと思います。

旗といえば、学生時代には付物でよく運動会では作りました。



必ずクラスから数名 旗作りとして選出されますが、

私は美術部であったこともあり毎年描いていました。

授業を受け終えた後、教室の中の机や椅子を端に寄せ空スペースを作り

2週間ほどかけて旗を作りました。

インクの用意や色作り、後片付けまでなかなかの労力だったと思います。



中でも思い出深いのは、真っ白の旗に大きな龍と学年クラスを描き、それが優秀賞を取ったときです。

クラスの運動会の成績も上々だった上、旗でも優秀賞を取ることが出来たので

素晴らしい思い出となりました。

居残って時間をかけて頑張って作った甲斐がありました。



旗作りのメンバーとその喜びを分かち合えたのも良い思い出です。


OL生活2年目に会社名が変わりました。

その頃の私にはよく分からなかったけど、社名変更って大変なコトらしい。

社名変更のためにパーティーを開いたり、挨拶状を送付したり。

各取引先への連絡はもちろんのこと、社員にも徹底しないと。

電話に出た時に、つい元の会社名を言っちゃったりってことも。

その、社名変更の時に、社章も変更して、その社章で会社の旗も新たに作成。

日の丸と一緒に会社に掲げることに。

その社章が水色の水玉。

白地に水色の水玉の旗が、白地に赤丸の旗と並んではためいているのは、なんとなくのどかな感じで微笑ましかったです。

我が家の子供はサッカークラブに所属したばかり。まだまだ選手に離れないけれど、かげながら練習を重ね、応援グッツも作っています。ほとんど親が作ってしまうんですが、

子供のアイディアの下です。そこで思い出に残るというか私たちが製作した旗・・・それは

みんなの足型の旗なんです。まだまだ字が書けない子供ばかりなので

思いを込めた応援の旗にするには・・・と!手形は聞いても足型ってあまり聞かない??

でもそこはサッカークラブ☆みんなの願いはゴールにシュートを!!!ってことで足型に!

みんなで足型を振る光景はきっと周りからしたら変だったかもしれないですね(笑)

旗といって一番最初に思いつくのが、母校の旗です。高校時代、わが高校には大きな旗があり、行事や大会の時に必ず登場しました。野球大会のときはスタンドの一番後ろで、応援団が旗を持ちます。とても重い旗なのですが、団員は1人で何時間でも苦痛に顔をゆがめながら旗を持ち続けていました。それくらい旗は大事なシンボルだったんだと思います。学校の象徴でした。旗が風になびく姿は、とても凛々しく誇らしげで私も大好きでした。今でもあの風景を思い出すと青春時代に戻ったようなワクワクした気持ちになれます。

高校の時には陸上競技部に入ったまして、試合の時には
競技場に母校の大きな旗を飾るんですね。
各学校がそれぞれ、旗を手すりに付けて・・・
学校の代表で出場しているんだなぁ〜とつくづく思いましたね。
県では有名な学校でも、地区や全国大会では、無名でしたから
他の有名校の旗を見ては、○○高校だ〜と憧れて見てましたね。
TVで、駅伝やマラソン中継を見ていると、企業や学校の旗を持って
応援する姿が懐かしいですね。
代表として、声援を受けながら走るのが励みになりますね。

旗って今はそんなに見る機会がないですが

小学校の時の運動会の応援団の時に

作った事があるんです。

あたしは黄色組でその年、その年で組でイメージキャラクター

みたいなものがあって、その年は虎でした。

あたしは虎年なのでそれだけですごく嬉しかったんですが

旗にも大きな虎を書いて、「黄色 優勝!!」って

書いて。



何人かで力を合わせて作ったものなので

出来上がった時はすごく嬉しかったです♪



それを運動会の本番の応援の時に応援団の男の人が

ふって使うんですけど、応援している時も自分達が作った

旗が気になって仕方ありませんでした(*ノ∀`*) 



その年は黄色が優勝して本当に嬉しかったです♪

旗のおかげだわ〜なんて思ったりして。

今でもすごく思い出に残っています。


旗と聞いて思い出すのは、高校時代の運動会です。
わたしの通っていた高校は、女子校で私服、
というかなり珍しい学校で、運動会も年に
3回、春は陸上競技、夏は水泳大会、
秋は球技大会を行う、というかなり
ユニークな学校でしたよ。

女子だけですし、クラス対抗や縦割りクラス
対抗という競技もあって、結構燃えましたね。

その時、オリジナルの旗を手作りして、
応援する時に振るんですけど、それが
とても印象深くて、いまだに思い出すことが
あります。

私が、印象に残った旗は浦和レッズの応援席にいつも必ずあるチェ・ゲバラの旗です。

浦和レッズサポの私は、Jリーグ開幕のころからあしげにスタジアムに通って
サッカーを観戦していますが、チェ・ゲバラの旗はインパクトがあり好きですね〜

チェ・ゲバラは、浦和レッズとは特に関係ないんですよ〜
レッズのサポーターは反政府主義者ではないし。
ただチェ・ゲバラのあの似顔絵はデザインとしてもかっこいいから使っていると思います。
また海外でもチームは分からないけど、チェ・ゲバラの旗を振っていたのを
テレビで見たことがありますしね。
あとは、単にゲバラがサッカーが好きだったという話もあります。

私なりに、チェ・ゲバラの人生を調べたのですが
不屈の精神をもっていた人だとわかりました。
なので私たちは、浦和レッズには不屈の精神でサッカーをプレイしてもらいたい
とチェ・ゲバラの旗に思いを馳せて応援しています。

俺の通ってた中学ではクラスの旗を作るという風習がありました。
それを体育祭や文化祭で使うわけ^^

毎年ね、4月に新しいクラスになって最初にやる作業がこの旗つくりなんです。
みんなでクラスのスローガンを決めて、絵を描いて・・・
放課後にそんなことをやるんですけど、それで仲良くなろうって狙いもあったんかもね^^;

でも一番思い出に残ってるのは中学3年の時の旗かなぁ。
俺が中学3年の時、阪神大震災が起こりました。
俺も被災者です。しばらく学校にも行けなかったから^^;

でね、なんでこの時の旗が一番思い出に残ってるかって言うと
久しぶりに学校に行ったわけ。
もちろんみんな元気がないって言うか、疲れてるんよ。
そんな時に教室に入ったらこの旗があったんよ。
クラスのスローガン
『まじ!マジ!!真剣!!・・・絶対負けない!!!』

もともと受験に負けないって意味で考えたスローガンやったのにさ。
地震なんかに負けてられるかって!!!
そぉ思えて元気になったのを覚えてます。

これが俺の旗に関する思い出ってとこかな^^;

子どもが通っていた保育園では、毎年手作りの万国旗を作る。それを運動会の日、園庭に所狭しと飾り付ける。 



万国旗といっても、紙に印刷された絵に好きな道具で色を塗るだけのもの。



普段は仕事と家事の両立で忙しくて、なかなか子どもとじっくり関わる時間がないけれど、この時ばかりは、子どもとふたりで いろんなことを語り合いながら塗り絵作業をしたものだ。



1歳から保育園に通っていた長女の最初に手がけた万国旗は 塗り絵というより、ほとんどなぐりがき。 下絵が見えなくなるくらい、クレヨンでぐるぐる思い切り好きなように描いていた。



そんな長女の塗り絵の手法も年齢を重ねると共に次第に変化。



「あ〜 この子は もう こんな描き方ができるのねぇ」とわが子の成長をしみじみと感じたものだ。



そんな長女も 今年高校を卒業。 もう塗り絵なんてすることはないけれど、今だったら、どんな道具でどんな万国旗を作るんだろう・・・・




うちの近所は、大阪国際女子マラソンのコースになってるので
毎回、応援で、沿道に出て旗を振ってます

この旗は、スポンサーから無料で配布されるもので
道を歩いてると、何本でも貰えますよ〜
毎回、参加して、思い出に旗を保存してるんですよね〜
記念にと、もらって帰る人もおおいです

今年は、とにかく、メッチャ寒い日でしたね
そのせいか、沿道の応援も少なく感じました
少ないからこそ、一生懸命、旗を振って
応援しようと思い
今回は、両手に2本づつ、旗を持って
日本人選手が前を通る度に
旗がちぎれるかと思うくらい振ってました

ふと、向かい側をみると、大阪のオバチャン達も
がんばって応援してましたよ

 自衛隊とかの部隊では旗は

部隊の命らしい。

私は自衛隊の訓練を見学に行ったのだが、部隊の旗は命がけで守るし、

軽率に扱うとペナルティーもあるのだ。

私が思う理由は、

昔の軍隊の風習が残っている

のかもしれないので

取られたら負け

である。

おそらく取られることは

部隊の大将が負けたという証拠

になるのだろう。

時代劇でも旗は大事だし、それを模倣した騎馬戦とかも同様である。更に旗は

部隊の象徴なのでデザインにも工夫されている

ところもすごい。

マークだけでなく、漢字等

も組み合わせて作られる旗は

一種の芸術

であるだろう。

命イコール旗なのでこれほどの思い入れもあるのだろうか?
































































旗って自己アピールというか、自分の気合を広く知らしめるものですよね。

たとえば、運動会なんかでも旗を掲げたりしますよね。

私が印象に残っている旗といえば、アントニオ猪木が全盛期だったころ、よく会場で『世界一強い アントニオ猪木』という旗を立てているのも見たときでした。

赤い色のの旗で、よく会場なんかで振っている人を見かけました。

テレビなんかでもよく会場の様子が映っていたので、知っている人もいると思います。

アントニオ猪木が入場してくる時に、その旗もリズムよく振っているのを見て、私の心も胸躍ったのを覚えています。

やはり旗って何か、特別なものがあるのかもしrませんね。

私は高校生の頃「学級委員」やった事があります
といっても・・・私が風邪で休んだ日に選挙があり
押し付けられるようにして無理やりやらされたんですが・・・

生徒会の会議や季節ごとの催し物そして学園祭と
ひたすら忙しかった事を覚えています

でも・・・そんな嫌な役回りではありましたが
学級委員やっていて良い事もありました

ひとつにはちょっと好きだった女の子と
一緒に学級委員を勤められた事と
体育祭のとき私が作ったクラス旗が
大変好評を得て表彰された事です

大きさは2㍍×3㍍でしたが下書きから始まり
色つけまでほぼ1人で仕上げました
こういう時友達って手伝ってはくれますが
必ず「おふざけ」が始まって邪魔なんですよね・・・

基本的にはクラス旗ってクラス全員で作るものなんですが
私のクラスは全部お任せというか押し付けで
私に一任されたんですが同じ学級委員の女の子の前で
ちょっぴり良いとこ見せてやろうと必死になって
フェニックスの絵を書いたらみんなが評価してくれました^^

その後一年間校舎入り口に展示され登校と下校時に
学校中の生徒に見てもらえましたよ

その後その旗は歴代受賞作品と共に
倉庫にしっかり保管してあるそうですが
私にとってこのときの体験は初めて自分で
何かを成し遂げたというそれまでには経験した事の無い
充実した達成感がありましたが
これはきっと生涯忘れない感覚でしょうね^^

無理やりから始まった学級委員でしたが
今ではやって良かったと思っています^^

私の通っていた高校は行事が盛んな学校でした。文化祭や体育祭などの行事は全員参加で、勉強そっちのけで夜遅くまで準備をしていたものです。体育祭も同じで、応援のための大看板(高さ3〜4mはある)や特大の応援旗なんかもつくりました。

 

応援旗は大きく作りすぎて一人では上げられずに、2〜3人がかりで振ったのを思い出します。デザインも画がうまい奴が下絵を考えて、それをベースに数人がかりで彩色をほどこしました。

 

はっきりいって何のためにもならなかったのですが、仲間と一緒にものをつくったということはいい思い出になりました。

旗って印象にのこりますよね

その旗がなびく感じとその時の思い出が

重なって思い出す。

そんな感じでしょうか



私の思い出の旗は

あるアーティストのコンサートで

ファンの方達がオリジナルの旗を作ってて

それぞれのカラーがあったりしてみてるだけでも楽しくなって

知らない人ともその旗を囲んで記念撮影して

お友達になったりして

なんだかとっても楽しかったなぁ



応援する気持ちも旗を持つと通じるような気がしますしね!

ぁぁ、また旗振りたいなぁ〜〜〜〜

旗を見ていると思い出すんですが、
私が小学生の時ですよ、同じクラスに漁師の息子がいましてね。
その漁師の息子が喧嘩っぱやくてね、ガキ大将みたいな感じでして、
情けない話しですが、早い話が私目は子分みたいな感じだったのです。
子供の世界とはそういうものですから、けっこうね、私もそれで楽しかったんです。
で、ある時別の友達たちと港町まで自転車で遊びに行きまして、
漁船なかがギーギー揺れてて、友達を海に落とすマネなんかをして、おいおいやめろよ〜みたいに遊びながらぶらぶらしてたんです。
そしたらどこかから声が聞こえまして、その方を見ると、っている漁船の上にそのガキ大将の漁師の息子がいましてね。
あ!○○君だ!!って私達は彼を見てたんです。そしたら彼は子供ながらに大きな旗を振りましてね、
大漁旗ってやつだと思います。それはまぁ見事な刺繍きらめく大漁旗ですよ。
旗を一生懸命振りながら、「おーいおーい」って言ってるわけです。
私たちもね、「おーいおーい」言いながら、追いかけました。
ポッポッポッポって漁船の音をならしながら船は出て行って、そのまま見えなくなったんですけどね。
しばらく私達はその場でポカーンとしていました。子供ながらにちょっとした感動を覚えたのでしょう。
友人が船に乗って旗を振りながら、海に出て行くなんて、なかなか良いシチュエーションですよ。
かっこいいなぁって思わずみんなつぶやいてました。
旗は良いですよね。風になびく旗。
勇ましくもどこか切ない。そんなノスタルジックにも似た魅力があります。
私もね、人生のうちでいつかね、これが自分の旗だぞって、そう言えるような旗を手にしていなって、そう思います。

 

自分が印象に残った旗というとパチンコ屋さんのお店の前に飾られていた旗です。

普段はちょこちょこパチンコをやる程度なんですがある夜にパチンコ屋さんの前を

通りかかったら『お仕事お疲れ様です。仕事終わりの一勝負!』という旗が

飾られていました。普段は自分が行くと決めた時意外はフラッとパチンコ屋さんに入る事はないんですがそのときは旗につられて入っちゃいましたね。デザインもなかなか人を

ひきつけるようなデザインで見事にひきつけられました。でも勝ったのでよかったです。

大学の頃に一人旅願望があって京都から福井、新潟、佐渡、福島と
割と地味なコース(親には60歳コースって言われた)を旅したことがある。
親不知の岸壁や雪の切り立つ白馬、ラーメンが美味しかった喜多方も良かった。
しかし今も印象に残るのは佐渡の大漁旗の乱舞だ。
日本海の潮風を思い切り受け止め、はためく大漁旗は各々の家の
大黒柱たる漁師達の無事と漁の成功を祈って折られたもの。
都会で漠然と学生をしていた僕は「生か死かの狭間で稼ぐ男」と
彼らに賭ける想いの一端をその旗から感じて、大変にショックだった。
感銘を受けたと言うレベルではない。これから自分も彼らと同じように
社会にでて、大黒柱としての決心を持って働かなくてはならない。
誰に言われた訳でもなく、そんな思いが去来した。
今でもあの大漁旗を思い出すことがある。そしてその度に頑張ろうと思い直すのだ。

昨年、子供の運動会がありまして、各クラス単位で旗を作りました。
幅1m、高さ5m程度のサイズでしたが、デザインも色もみんなで決めました。
運動会の当日、クラスの旗が並んでいて、気合十分でしたね。
あの旗を作る過程で、クラスの力がひとつにまとまる。。。そんな効果も期待できます。
また、運動会当日は多少風が強かったのです。
校庭のバックネットに留めておいたのですが、風にめくれて当日は良く見えなかったのが残念。
でも良い思い出になったと思うんです。子供のクラスでは、大きな文字で「風林火山」と描かれていて、色も鮮やかでしたよ。
運動会の当日は気合をこめていこう! そんな思いを感じる旗でした。

僕が中学生の頃、学校の運動会では、クラスごとに旗を作って、クラスの前に立てていました。その時印象に残った旗があるんです。普通この手の旗を作る時は、ペンキで旗に絵を赤きますが、なんと、旗に刺繍で絵を描いていたクラスがあったんです。
なんかやけにきれいな旗だなって思って、近くによって見ると、刺繍なんです・・・・。女の子たちが作ったらしいです。あまりにも見後なんで、今でも覚えていますね。
結構、大きな旗でしたから、大変な時間がかかったのでは??って、思わず、ご苦労さん!って言いそうになりました。
最近の女の子たちには、あの旗を作ることは出来ないのではないかって思いましたね。というのは、最近の女の子って、刺繍なんかしないみたいですからね。

私は学生時代、バドミントン部に所属し、必ず部活が始まる前には「部旗」を体育館に張り、
部旗にも敬意を称していました。そして、終ったら一礼、また、大切にたたんで片付ける。
部旗のたたみ方も、しきたりがありました。
また試合の時も、学校名の入った部旗を体育館の手すりに掲げ、部旗とともに先輩の応援、自分の試合を見守ってもらっていました。
運動部の私達にとっては、お守り!神的存在でとても大切にされていました。

応援団の方たちもそうですよね!
試合の応援中は、応援団の旗は、どんなことがあっても降ろさない!!
マラソンでも、所属する企業の旗、応援で沿道で振る旗、いろいろありますよね。

旗は、元気の源を与えてくれるものだと、私の中では確定してしまっています。
でも、スポーツの世界だけでなく、旗の活用はお祭り、大魚旗、お店など、いろいろ活用されていますよね。

カウンセラーという仕事柄、私は多くの不登校の子どもたちと関わってきましたが、その中でも印象に残っているのは、旗が元気にしてくれた小学4年生の女の子のことです。

転校以来、クラスに馴染めず不登校となり、私の勤務する相談室に来談しては一緒に絵を描く日々。

ですが、その子は本当に絵が上手で、そして、何よりも、絵を描くのが大好きだったのです。



学校の先生とご相談して、運動会の大きな旗をその子にデザインしてもらうことになりました。

なかなか学校には出られなかったその子ですが、相談室で一生懸命にデザインしてくれた旗には、大きな鳥が青空に逞しい羽を広げる大迫力の絵が踊っていました。



運動会の日、大きな鳥が描かれるにふさわしい巨大な旗が運動場に舞った時、女の子の瞳もキラキラと輝いていたことを今も忘れることはできません。

そして、その日から、少しずつ学校へと戻りはじめ、今では、もうすっかり元気に通学しています。

彼女の心を甦らせてくれた旗に、今も感謝の思いでいっぱいです。

旗を各クラス1枚ずつ作成して、体育祭の時に掲げるのが伝統だったウチの高校。



高校3年生のとき。

絵の上手い子がクラスに何人かいて、その子を中心にして旗を作ることになった。



みんなから、どんなデザインがいいとか。

キャラクターはアレがいいとか。

色々案は出たものの、まとまらず。



夏休み明けに体育祭があったものだから、旗を製作する期間も夏休み。



高校3年生だったから、当然みんな受験勉強があるわけで。。。

旗作りはあんまり進まなかった。



補修の後で私も何回か旗の色塗りに参加した。

みんなでくだらない話をしながら、色を塗っていく。



受験のことなんて忘れてバカな話ばっかりしていた。

今考えるといい息抜きだったのかも。



そんな旗作りも、体育祭ギリギリに完成。

完璧な仕上がりだった。



その出来っぷりに皆「欲しい!終わったら持って帰りたい!」と言ったほど。



結局、体育祭は雨天による3度の延期で・・・体育館で結局することになってしまったんだけど、うちのクラスの旗が一番輝いているように見えた。



あの旗、今はどこにあるんだろう?

印象に残っている旗・・・



というと多くの人が学校や家庭などで自作した旗のことを思い出されるかもしれませんが、私が印象に残っている旗は何の変哲もないただの赤い旗です。



木の棒で作られたただ真っ赤な旗です。



ではなぜそのような旗が印象に残っているのかというと、それが旗を持って誰かを応援するということを初めて行ったことだからです。



学年は良く覚えていないのですが、小学生のときの話です。あまり運動会というものに積極的に関わってこなかった私がなぜか応援団に立候補したのです。そして運動会までの2週間ほど昼休みを使って旗を振る練習をしました。



2拍子、3拍子、3・3・7拍子といった応援の基本的な旗の練習をしたのですが、私が担当したのが小さい手旗・・・ではなく自分の身長以上の長さがある棒に、自分がほぼ隠れるほどの大きな赤い布が張られた旗でした。



もちろんそのような旗ですから空気抵抗などが加わってかなりの重さがあり、2・3分振るだけでかなり体力が消耗されましたが、運動会当日はしっかりと振ることができ、応援の対決で勝利することができました。(全体では負けましたが・・・)



それからときどき旗を振って応援する機会もありましたが、自分よりも大きな旗を振る機会は今のところ小学生のときだけとなっています。

中学生の時に、体育祭ってありましたよね。



私が行っていた中学校の体育祭では、

クラスの団結力を高めるために、

クラス旗っていうのを作りました。



真っ白くて大きな布がクラスに1枚用意され、

そこに絵を描いたり、文字を書いたりして

それぞれのクラスのオリジナルの旗を作ります。



私が一番、覚えている旗は

絵の上手な子が真ん中に

担任の先生の似顔絵をかいて、

そのまわりにクラス全員が

一言ずつ目標や意気込みを書いた旗。



私の行っていた中学校の体育祭は

保護者もほとんどの家がお弁当持ちで見に来るような

盛大に行われる体育祭で、

個人競技の他に、

クラス対抗の競技もいろいろあって、

すごく、盛り上がるんですね。



その、応援で旗を使います。

クラス全員が競技に参加するときは

担任の先生や、怪我をして参加できない子が

旗を持って応援したり、

個人競技の時は

応援係の子が旗を持って応援したりします。



体育祭が終わった後も

3学期の終了式までずっと教室に飾っていました。



みんながすごく愛着を持っていた旗でしたよ〜。

年末に、お餅やおかきを注文しに、
私の地元で有名なお取り寄せ店の本店にいったのですが、
ここの庭園がきれいで思わず写真に撮っておきました。

その写真で、印象的だったのが「日本国旗」ですね。
ちょっと暗くて分かりずらいかもしれませんが、ご了承くださいね。

静かな庭園にたたずみ、そして、凛として立っているので、
しばらく足を止めて、眺めていました。

学校に通っていたときも、旗を見ると圧倒されましたが、
なにか重みのような、これまでの歴史を感じさせるものですよね。旗は。

特に日の丸国旗には、今回のような、静かな庭園にあると、圧倒されますね。




中学生のとき、運動会で各クラス応援団旗を作ることになっていた。

それぞれクラスでデザインして、書き上げるのだが

運動会では、それがカラフルにはためく。

旗をかかげて応援する姿は、今も忘れない。

旗を作るときの、いろいろな思い出も今では忘れられないものとなっている。

その旗をみる保護者も楽しみにしたようで

わが子のクラスの旗のテーマなどをプログラムで確認していた。

運動会の評価も楽しみだったが、親から「旗がきれいだった」とか

「上手に出来ている」といわれると、やはりうれしかった。

子供の頃によく秘密基地を作って遊んだ。

誰にも見つからないような場所で子供ならではの子供だけの場所。

山の中にやぐらを組んで、懐中電灯やお菓子をみんなで持ち寄り、

ひっそりと遊んでいた時代がありました。

皆さんも経験ありませんか?



この前、仕事で、山道を通っていたとき、

なにやら手作りの「旗」が掲げてありました。

それは、近所の子供達が作った、秘密基地でした。

すごく懐かしかった。

白地に黒いマジックで、「秘密基地」と書いてある。

書いてしまったらバレるよ???(笑)

と思いつつ、そのまま素通りしてあげました。。。

他には、よくわからなかったけど、龍?のような絵が描いてあり、

すごく一生懸命なんだと思いました。



「旗」は目印!

子供達が仲間を集める場所に「ここだよ!」という心の拠り所を記している。

そして、その「旗」は皆の心の象徴でもある。

皆の想いがこもった「旗」

ずっと、掲げていて欲しいなぁ。

「旗」について考えてみる。

国旗 運動会の旗 学校の旗 宣伝用のドライブ中にみる車のディラーなんかではためいている旗 大安売りの旗 飲み屋の前に立っている旗 映画に出てくる兵隊さんが持っている旗 日本の武士が馬に乗って戦いに行くときさしてる旗

サッカーの試合とかで、観衆がもってるおっき〜な旗? マラソンで応援している人が持っている紙の旗? お誕生日のオードブルやカクテル?(ありゃ傘か?)に刺さっているかわいらしい旗 日の丸弁当(今の子は見たことないよねきっと。)

私の記憶の中で、一番印象に残っている旗は、高校野球で応援に使った、大きな旗ですね。私が在学中、野球部が、ベスト8までいったことがあり、その時に使われた大きな旗は今でも印象に残っていますね。

 いつも球場の一番高いところにあった、この旗が風になびくと、大きく舞って、かなりの迫力がありました。今で