おすすめサイト

旗・フラッグ工場
旗・フラッグの価格・品質には自信があります。御希望のデザインで貴社・貴店オリジナル旗・フラッグを製作致します
のぼり工場
のぼり、のぼり旗、旗、タペストリー、横断幕、垂れ幕などの布系スクリーン印刷はお任せ下さい。価格・品質に自信が有りますので、他社にご注文の前に自動見積り、見積り依頼にて価格をご覧下さい
のぼり卸売館
再販業者様専用サイトの「のぼり卸売館」です。販売代理店様のアクセスをお待ち致しております。のぼり等の布系スクリーン印刷は「のぼり卸売館」にお任せ下さい。
国旗工場
国旗販売の事なら「国旗工場」。様々なサイズの既製品を格安で提供いたします。

長崎県の小さな島に私の親戚が住んでいます。

お盆になると船の大漁旗を掲げお墓で爆竹をならします。



同じ日本でも変わった風習があるものだと思いました。

この大漁旗というのは、同じやつはひとつもありません。



それぞれ、船の名前を書いたり大漁を祈願したりする文字

が書かれています。そして、その旗の美しさといったら相当なものです。



この島だけではなく全国どこでも漁師さんが使う旗というのは派手なのですが、実際自分の目で間近でみると迫力が違いますよ。



大きいものだと5m以上ありますからねー。5mをこす旗に色とりどりのカラーと船名がかかれ大迫力です。



私が旗と聞いて思い出すのは、漁師さんの大漁旗です。

毎年行われる大学の学祭で旗をつくるのは、実行委員の役割
でした。
そこで、毎年友人たちと強力して、学園祭の旗つくりをしてました。
色んな旗ができあがって、デザインするのも楽しかったです。

大学っていうと、独自の旗があるんですよね。
マラソンの試合なんかでも全国から集まってきた旗なんか
を見ると、あぁ〜母校ができるーって風になんだか感動しちゃい
ます。
カラーもその大学のものだし、その旗についてるマークだって
その大学独自のもの。それを見ると、愛着がわいてくるっていう
か、何年も大切に守られてきてるそんな伝統を感じることが
できます。
どっしりとしてる旗って力強さを感じることができて大好きですね。

私が印象に残っている旗といえば、小学校6年生のときにやっていたバスケットの大会で掲げられていた旗です。

次勝てば、大きい大会にいけれる!!ってときでした。

いつもは普通のチーム名がはいっただけの旗を掲げてたんですが、後輩たちの応援メッセージを書いた寄せ書きの旗を急遽、掲げてくれました。

見にきていない後輩たちが応援してくれているようで、うれしかった覚えがあります。



試合中にも、目に入る応援の旗。

とっても心強かったです。



試合は結局負けちゃったけど、その旗は強く私の心に残っています。

私が思い出のある旗。



それは中学校のときの学校旗です。

部活の試合のとき、かならずこの旗をかざって試合したんですね。

これがないと、気持ちが入らない。そんな感じがします。



自分の学校の象徴。

自分は学校の代表で試合をしているんだ、という意識。





こういったものを旗が与えてくれた気がしています。





自分がこの旗から何か力をもらっているかのような、そんな感じをいつも受けていました。



旗。ただその一枚に、私は力づけられ、勇気をもらっていたんだな、と今は思います。

一年の始まりにと、だいたい毎年恒例で行ってます、一般参賀
なんとなく、日本人として、身が引き締まる思いがします

以前は、年配の人が多かったですが
最近では、若い人も、けっこう来てますよ

みなさん、日の丸の旗を、一斉に振るので
その光景は、圧巻です!
旗を振る音も、すごいですよ!
日本人って、愛国心が低いと思ってたんですが
一般参賀の、この旗の多さと
懸命に日の丸を振る、みなさんの姿を見ると
改めて、日本の良さを感じるんです

昔は、おおくの家で、元旦や祝日などに
日の丸の旗を飾ってましたが
最近では、近所でも1件だけになりました
日本と言えば、やっぱこの旗でしょ!

幼稚園児だったから、記憶がずいぶん薄れているのだが、私の住んでいた街を昭和天皇が通る(通るだけ)というので、旗振りに町内の幼稚園児、小学生、ほか多数、駆りだされた記憶がある。

前日あたり先生が引率して場所の下見もしたんじゃなかったかなぁ。動因場所が幼稚園から程近い場所だったからだと思うけど。

「合図あったら、旗を振るんですよ」

と先生。そして合図で旗を振る練習。肝心の旗はないため、園児な私、いまいち旗の感覚が掴めなかった。天皇陛下がテレビでしか見ることのできない人なのはわかっていたが、何せ、園児なので、テレビに出る人など天皇陛下でなくても、こんな田舎にくることなどないことだったので、大人の人たちは準備で右往左往だったんだとうとは思う。

でも私は、支給されない旗を振る練習の不思議さに首をかしげるだけでよかったんだから、子供ってやっぱいいよな。

当日、現地で渡された旗に(確かに当日配るのが一番安心だ、綺麗だし忘れたりする子もでないわけだしね)、テレビでは見た光景をこれから自分たちがやるのかと旗を見ながら思ったものだ。

昭和天皇の乗った車はあっという間に通り過ぎたらしい。

園児なので、先生の合図に集中していたし、旗振り始めたら、旗振るのに必死でそれに集中してたから、気づいたら、もう通った後だったから。

何も覚えていないけれど、ピシッとした紙の旗がパタパタといい音をたてるので、その音が今でも耳から離れないでいる。

旗に注目する機会って、学校行事や何かの大会などでしか思いつかないんですが、

小学校の頃は毎朝、朝の朝礼の時に国旗と、学校旗を揚げるというのが朝のはじまりでした。

「全校生徒、注目」で旗の方を全員向くんですが、今ってこういう機会あまりないんじゃないでしょうか?

今思えば、学校の旗はその学校のシンボルであり、マーク、目印で、とても重要なものなんだなって思います。

なかなか自分の学校の旗をまじまじと見る機会がないのですが、

マンホールにその町や市のシンボルマークが描かれているのと同様、旗にもその学校のシンボルマークがあり、同じものがないと言う意味で、色んな旗を見てみるのは楽しいかもしれませんね。

次に旗を見る機会があれば、じっくり見てみたいと思います。

旗といえば、学生時代には付物でよく運動会では作りました。



必ずクラスから数名 旗作りとして選出されますが、

私は美術部であったこともあり毎年描いていました。

授業を受け終えた後、教室の中の机や椅子を端に寄せ空スペースを作り

2週間ほどかけて旗を作りました。

インクの用意や色作り、後片付けまでなかなかの労力だったと思います。



中でも思い出深いのは、真っ白の旗に大きな龍と学年クラスを描き、それが優秀賞を取ったときです。

クラスの運動会の成績も上々だった上、旗でも優秀賞を取ることが出来たので

素晴らしい思い出となりました。

居残って時間をかけて頑張って作った甲斐がありました。



旗作りのメンバーとその喜びを分かち合えたのも良い思い出です。


OL生活2年目に会社名が変わりました。

その頃の私にはよく分からなかったけど、社名変更って大変なコトらしい。

社名変更のためにパーティーを開いたり、挨拶状を送付したり。

各取引先への連絡はもちろんのこと、社員にも徹底しないと。

電話に出た時に、つい元の会社名を言っちゃったりってことも。

その、社名変更の時に、社章も変更して、その社章で会社の旗も新たに作成。

日の丸と一緒に会社に掲げることに。

その社章が水色の水玉。

白地に水色の水玉の旗が、白地に赤丸の旗と並んではためいているのは、なんとなくのどかな感じで微笑ましかったです。

我が家の子供はサッカークラブに所属したばかり。まだまだ選手に離れないけれど、かげながら練習を重ね、応援グッツも作っています。ほとんど親が作ってしまうんですが、

子供のアイディアの下です。そこで思い出に残るというか私たちが製作した旗・・・それは

みんなの足型の旗なんです。まだまだ字が書けない子供ばかりなので

思いを込めた応援の旗にするには・・・と!手形は聞いても足型ってあまり聞かない??

でもそこはサッカークラブ☆みんなの願いはゴールにシュートを!!!ってことで足型に!

みんなで足型を振る光景はきっと周りからしたら変だったかもしれないですね(笑)

旗といって一番最初に思いつくのが、母校の旗です。高校時代、わが高校には大きな旗があり、行事や大会の時に必ず登場しました。野球大会のときはスタンドの一番後ろで、応援団が旗を持ちます。とても重い旗なのですが、団員は1人で何時間でも苦痛に顔をゆがめながら旗を持ち続けていました。それくらい旗は大事なシンボルだったんだと思います。学校の象徴でした。旗が風になびく姿は、とても凛々しく誇らしげで私も大好きでした。今でもあの風景を思い出すと青春時代に戻ったようなワクワクした気持ちになれます。

高校の時には陸上競技部に入ったまして、試合の時には
競技場に母校の大きな旗を飾るんですね。
各学校がそれぞれ、旗を手すりに付けて・・・
学校の代表で出場しているんだなぁ〜とつくづく思いましたね。
県では有名な学校でも、地区や全国大会では、無名でしたから
他の有名校の旗を見ては、○○高校だ〜と憧れて見てましたね。
TVで、駅伝やマラソン中継を見ていると、企業や学校の旗を持って
応援する姿が懐かしいですね。
代表として、声援を受けながら走るのが励みになりますね。

旗って今はそんなに見る機会がないですが

小学校の時の運動会の応援団の時に

作った事があるんです。

あたしは黄色組でその年、その年で組でイメージキャラクター

みたいなものがあって、その年は虎でした。

あたしは虎年なのでそれだけですごく嬉しかったんですが

旗にも大きな虎を書いて、「黄色 優勝!!」って

書いて。



何人かで力を合わせて作ったものなので

出来上がった時はすごく嬉しかったです♪



それを運動会の本番の応援の時に応援団の男の人が

ふって使うんですけど、応援している時も自分達が作った

旗が気になって仕方ありませんでした(*ノ∀`*) 



その年は黄色が優勝して本当に嬉しかったです♪

旗のおかげだわ〜なんて思ったりして。

今でもすごく思い出に残っています。


旗と聞いて思い出すのは、高校時代の運動会です。
わたしの通っていた高校は、女子校で私服、
というかなり珍しい学校で、運動会も年に
3回、春は陸上競技、夏は水泳大会、
秋は球技大会を行う、というかなり
ユニークな学校でしたよ。

女子だけですし、クラス対抗や縦割りクラス
対抗という競技もあって、結構燃えましたね。

その時、オリジナルの旗を手作りして、
応援する時に振るんですけど、それが
とても印象深くて、いまだに思い出すことが
あります。

私が、印象に残った旗は浦和レッズの応援席にいつも必ずあるチェ・ゲバラの旗です。

浦和レッズサポの私は、Jリーグ開幕のころからあしげにスタジアムに通って
サッカーを観戦していますが、チェ・ゲバラの旗はインパクトがあり好きですね〜

チェ・ゲバラは、浦和レッズとは特に関係ないんですよ〜
レッズのサポーターは反政府主義者ではないし。
ただチェ・ゲバラのあの似顔絵はデザインとしてもかっこいいから使っていると思います。
また海外でもチームは分からないけど、チェ・ゲバラの旗を振っていたのを
テレビで見たことがありますしね。
あとは、単にゲバラがサッカーが好きだったという話もあります。

私なりに、チェ・ゲバラの人生を調べたのですが
不屈の精神をもっていた人だとわかりました。
なので私たちは、浦和レッズには不屈の精神でサッカーをプレイしてもらいたい
とチェ・ゲバラの旗に思いを馳せて応援しています。

俺の通ってた中学ではクラスの旗を作るという風習がありました。
それを体育祭や文化祭で使うわけ^^

毎年ね、4月に新しいクラスになって最初にやる作業がこの旗つくりなんです。
みんなでクラスのスローガンを決めて、絵を描いて・・・
放課後にそんなことをやるんですけど、それで仲良くなろうって狙いもあったんかもね^^;

でも一番思い出に残ってるのは中学3年の時の旗かなぁ。
俺が中学3年の時、阪神大震災が起こりました。
俺も被災者です。しばらく学校にも行けなかったから^^;

でね、なんでこの時の旗が一番思い出に残ってるかって言うと
久しぶりに学校に行ったわけ。
もちろんみんな元気がないって言うか、疲れてるんよ。
そんな時に教室に入ったらこの旗があったんよ。
クラスのスローガン
『まじ!マジ!!真剣!!・・・絶対負けない!!!』

もともと受験に負けないって意味で考えたスローガンやったのにさ。
地震なんかに負けてられるかって!!!
そぉ思えて元気になったのを覚えてます。

これが俺の旗に関する思い出ってとこかな^^;

子どもが通っていた保育園では、毎年手作りの万国旗を作る。それを運動会の日、園庭に所狭しと飾り付ける。 



万国旗といっても、紙に印刷された絵に好きな道具で色を塗るだけのもの。



普段は仕事と家事の両立で忙しくて、なかなか子どもとじっくり関わる時間がないけれど、この時ばかりは、子どもとふたりで いろんなことを語り合いながら塗り絵作業をしたものだ。



1歳から保育園に通っていた長女の最初に手がけた万国旗は 塗り絵というより、ほとんどなぐりがき。 下絵が見えなくなるくらい、クレヨンでぐるぐる思い切り好きなように描いていた。



そんな長女の塗り絵の手法も年齢を重ねると共に次第に変化。



「あ〜 この子は もう こんな描き方ができるのねぇ」とわが子の成長をしみじみと感じたものだ。



そんな長女も 今年高校を卒業。 もう塗り絵なんてすることはないけれど、今だったら、どんな道具でどんな万国旗を作るんだろう・・・・




うちの近所は、大阪国際女子マラソンのコースになってるので
毎回、応援で、沿道に出て旗を振ってます

この旗は、スポンサーから無料で配布されるもので
道を歩いてると、何本でも貰えますよ〜
毎回、参加して、思い出に旗を保存してるんですよね〜
記念にと、もらって帰る人もおおいです

今年は、とにかく、メッチャ寒い日でしたね
そのせいか、沿道の応援も少なく感じました
少ないからこそ、一生懸命、旗を振って
応援しようと思い
今回は、両手に2本づつ、旗を持って
日本人選手が前を通る度に
旗がちぎれるかと思うくらい振ってました

ふと、向かい側をみると、大阪のオバチャン達も
がんばって応援してましたよ

 自衛隊とかの部隊では旗は

部隊の命らしい。

私は自衛隊の訓練を見学に行ったのだが、部隊の旗は命がけで守るし、

軽率に扱うとペナルティーもあるのだ。

私が思う理由は、

昔の軍隊の風習が残っている

のかもしれないので

取られたら負け

である。

おそらく取られることは

部隊の大将が負けたという証拠

になるのだろう。

時代劇でも旗は大事だし、それを模倣した騎馬戦とかも同様である。更に旗は

部隊の象徴なのでデザインにも工夫されている

ところもすごい。

マークだけでなく、漢字等

も組み合わせて作られる旗は

一種の芸術

であるだろう。

命イコール旗なのでこれほどの思い入れもあるのだろうか?
































































旗って自己アピールというか、自分の気合を広く知らしめるものですよね。

たとえば、運動会なんかでも旗を掲げたりしますよね。

私が印象に残っている旗といえば、アントニオ猪木が全盛期だったころ、よく会場で『世界一強い アントニオ猪木』という旗を立てているのも見たときでした。

赤い色のの旗で、よく会場なんかで振っている人を見かけました。

テレビなんかでもよく会場の様子が映っていたので、知っている人もいると思います。

アントニオ猪木が入場してくる時に、その旗もリズムよく振っているのを見て、私の心も胸躍ったのを覚えています。

やはり旗って何か、特別なものがあるのかもしrませんね。