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私は高校生の頃「学級委員」やった事があります
といっても・・・私が風邪で休んだ日に選挙があり
押し付けられるようにして無理やりやらされたんですが・・・

生徒会の会議や季節ごとの催し物そして学園祭と
ひたすら忙しかった事を覚えています

でも・・・そんな嫌な役回りではありましたが
学級委員やっていて良い事もありました

ひとつにはちょっと好きだった女の子と
一緒に学級委員を勤められた事と
体育祭のとき私が作ったクラス旗が
大変好評を得て表彰された事です

大きさは2㍍×3㍍でしたが下書きから始まり
色つけまでほぼ1人で仕上げました
こういう時友達って手伝ってはくれますが
必ず「おふざけ」が始まって邪魔なんですよね・・・

基本的にはクラス旗ってクラス全員で作るものなんですが
私のクラスは全部お任せというか押し付けで
私に一任されたんですが同じ学級委員の女の子の前で
ちょっぴり良いとこ見せてやろうと必死になって
フェニックスの絵を書いたらみんなが評価してくれました^^

その後一年間校舎入り口に展示され登校と下校時に
学校中の生徒に見てもらえましたよ

その後その旗は歴代受賞作品と共に
倉庫にしっかり保管してあるそうですが
私にとってこのときの体験は初めて自分で
何かを成し遂げたというそれまでには経験した事の無い
充実した達成感がありましたが
これはきっと生涯忘れない感覚でしょうね^^

無理やりから始まった学級委員でしたが
今ではやって良かったと思っています^^

私の通っていた高校は行事が盛んな学校でした。文化祭や体育祭などの行事は全員参加で、勉強そっちのけで夜遅くまで準備をしていたものです。体育祭も同じで、応援のための大看板(高さ3〜4mはある)や特大の応援旗なんかもつくりました。

 

応援旗は大きく作りすぎて一人では上げられずに、2〜3人がかりで振ったのを思い出します。デザインも画がうまい奴が下絵を考えて、それをベースに数人がかりで彩色をほどこしました。

 

はっきりいって何のためにもならなかったのですが、仲間と一緒にものをつくったということはいい思い出になりました。

旗って印象にのこりますよね

その旗がなびく感じとその時の思い出が

重なって思い出す。

そんな感じでしょうか



私の思い出の旗は

あるアーティストのコンサートで

ファンの方達がオリジナルの旗を作ってて

それぞれのカラーがあったりしてみてるだけでも楽しくなって

知らない人ともその旗を囲んで記念撮影して

お友達になったりして

なんだかとっても楽しかったなぁ



応援する気持ちも旗を持つと通じるような気がしますしね!

ぁぁ、また旗振りたいなぁ〜〜〜〜

旗を見ていると思い出すんですが、
私が小学生の時ですよ、同じクラスに漁師の息子がいましてね。
その漁師の息子が喧嘩っぱやくてね、ガキ大将みたいな感じでして、
情けない話しですが、早い話が私目は子分みたいな感じだったのです。
子供の世界とはそういうものですから、けっこうね、私もそれで楽しかったんです。
で、ある時別の友達たちと港町まで自転車で遊びに行きまして、
漁船なかがギーギー揺れてて、友達を海に落とすマネなんかをして、おいおいやめろよ〜みたいに遊びながらぶらぶらしてたんです。
そしたらどこかから声が聞こえまして、その方を見ると、っている漁船の上にそのガキ大将の漁師の息子がいましてね。
あ!○○君だ!!って私達は彼を見てたんです。そしたら彼は子供ながらに大きな旗を振りましてね、
大漁旗ってやつだと思います。それはまぁ見事な刺繍きらめく大漁旗ですよ。
旗を一生懸命振りながら、「おーいおーい」って言ってるわけです。
私たちもね、「おーいおーい」言いながら、追いかけました。
ポッポッポッポって漁船の音をならしながら船は出て行って、そのまま見えなくなったんですけどね。
しばらく私達はその場でポカーンとしていました。子供ながらにちょっとした感動を覚えたのでしょう。
友人が船に乗って旗を振りながら、海に出て行くなんて、なかなか良いシチュエーションですよ。
かっこいいなぁって思わずみんなつぶやいてました。
旗は良いですよね。風になびく旗。
勇ましくもどこか切ない。そんなノスタルジックにも似た魅力があります。
私もね、人生のうちでいつかね、これが自分の旗だぞって、そう言えるような旗を手にしていなって、そう思います。

 

自分が印象に残った旗というとパチンコ屋さんのお店の前に飾られていた旗です。

普段はちょこちょこパチンコをやる程度なんですがある夜にパチンコ屋さんの前を

通りかかったら『お仕事お疲れ様です。仕事終わりの一勝負!』という旗が

飾られていました。普段は自分が行くと決めた時意外はフラッとパチンコ屋さんに入る事はないんですがそのときは旗につられて入っちゃいましたね。デザインもなかなか人を

ひきつけるようなデザインで見事にひきつけられました。でも勝ったのでよかったです。

大学の頃に一人旅願望があって京都から福井、新潟、佐渡、福島と
割と地味なコース(親には60歳コースって言われた)を旅したことがある。
親不知の岸壁や雪の切り立つ白馬、ラーメンが美味しかった喜多方も良かった。
しかし今も印象に残るのは佐渡の大漁旗の乱舞だ。
日本海の潮風を思い切り受け止め、はためく大漁旗は各々の家の
大黒柱たる漁師達の無事と漁の成功を祈って折られたもの。
都会で漠然と学生をしていた僕は「生か死かの狭間で稼ぐ男」と
彼らに賭ける想いの一端をその旗から感じて、大変にショックだった。
感銘を受けたと言うレベルではない。これから自分も彼らと同じように
社会にでて、大黒柱としての決心を持って働かなくてはならない。
誰に言われた訳でもなく、そんな思いが去来した。
今でもあの大漁旗を思い出すことがある。そしてその度に頑張ろうと思い直すのだ。

昨年、子供の運動会がありまして、各クラス単位で旗を作りました。
幅1m、高さ5m程度のサイズでしたが、デザインも色もみんなで決めました。
運動会の当日、クラスの旗が並んでいて、気合十分でしたね。
あの旗を作る過程で、クラスの力がひとつにまとまる。。。そんな効果も期待できます。
また、運動会当日は多少風が強かったのです。
校庭のバックネットに留めておいたのですが、風にめくれて当日は良く見えなかったのが残念。
でも良い思い出になったと思うんです。子供のクラスでは、大きな文字で「風林火山」と描かれていて、色も鮮やかでしたよ。
運動会の当日は気合をこめていこう! そんな思いを感じる旗でした。

僕が中学生の頃、学校の運動会では、クラスごとに旗を作って、クラスの前に立てていました。その時印象に残った旗があるんです。普通この手の旗を作る時は、ペンキで旗に絵を赤きますが、なんと、旗に刺繍で絵を描いていたクラスがあったんです。
なんかやけにきれいな旗だなって思って、近くによって見ると、刺繍なんです・・・・。女の子たちが作ったらしいです。あまりにも見後なんで、今でも覚えていますね。
結構、大きな旗でしたから、大変な時間がかかったのでは??って、思わず、ご苦労さん!って言いそうになりました。
最近の女の子たちには、あの旗を作ることは出来ないのではないかって思いましたね。というのは、最近の女の子って、刺繍なんかしないみたいですからね。

私は学生時代、バドミントン部に所属し、必ず部活が始まる前には「部旗」を体育館に張り、
部旗にも敬意を称していました。そして、終ったら一礼、また、大切にたたんで片付ける。
部旗のたたみ方も、しきたりがありました。
また試合の時も、学校名の入った部旗を体育館の手すりに掲げ、部旗とともに先輩の応援、自分の試合を見守ってもらっていました。
運動部の私達にとっては、お守り!神的存在でとても大切にされていました。

応援団の方たちもそうですよね!
試合の応援中は、応援団の旗は、どんなことがあっても降ろさない!!
マラソンでも、所属する企業の旗、応援で沿道で振る旗、いろいろありますよね。

旗は、元気の源を与えてくれるものだと、私の中では確定してしまっています。
でも、スポーツの世界だけでなく、旗の活用はお祭り、大魚旗、お店など、いろいろ活用されていますよね。

カウンセラーという仕事柄、私は多くの不登校の子どもたちと関わってきましたが、その中でも印象に残っているのは、旗が元気にしてくれた小学4年生の女の子のことです。

転校以来、クラスに馴染めず不登校となり、私の勤務する相談室に来談しては一緒に絵を描く日々。

ですが、その子は本当に絵が上手で、そして、何よりも、絵を描くのが大好きだったのです。



学校の先生とご相談して、運動会の大きな旗をその子にデザインしてもらうことになりました。

なかなか学校には出られなかったその子ですが、相談室で一生懸命にデザインしてくれた旗には、大きな鳥が青空に逞しい羽を広げる大迫力の絵が踊っていました。



運動会の日、大きな鳥が描かれるにふさわしい巨大な旗が運動場に舞った時、女の子の瞳もキラキラと輝いていたことを今も忘れることはできません。

そして、その日から、少しずつ学校へと戻りはじめ、今では、もうすっかり元気に通学しています。

彼女の心を甦らせてくれた旗に、今も感謝の思いでいっぱいです。

旗を各クラス1枚ずつ作成して、体育祭の時に掲げるのが伝統だったウチの高校。



高校3年生のとき。

絵の上手い子がクラスに何人かいて、その子を中心にして旗を作ることになった。



みんなから、どんなデザインがいいとか。

キャラクターはアレがいいとか。

色々案は出たものの、まとまらず。



夏休み明けに体育祭があったものだから、旗を製作する期間も夏休み。



高校3年生だったから、当然みんな受験勉強があるわけで。。。

旗作りはあんまり進まなかった。



補修の後で私も何回か旗の色塗りに参加した。

みんなでくだらない話をしながら、色を塗っていく。



受験のことなんて忘れてバカな話ばっかりしていた。

今考えるといい息抜きだったのかも。



そんな旗作りも、体育祭ギリギリに完成。

完璧な仕上がりだった。



その出来っぷりに皆「欲しい!終わったら持って帰りたい!」と言ったほど。



結局、体育祭は雨天による3度の延期で・・・体育館で結局することになってしまったんだけど、うちのクラスの旗が一番輝いているように見えた。



あの旗、今はどこにあるんだろう?

印象に残っている旗・・・



というと多くの人が学校や家庭などで自作した旗のことを思い出されるかもしれませんが、私が印象に残っている旗は何の変哲もないただの赤い旗です。



木の棒で作られたただ真っ赤な旗です。



ではなぜそのような旗が印象に残っているのかというと、それが旗を持って誰かを応援するということを初めて行ったことだからです。



学年は良く覚えていないのですが、小学生のときの話です。あまり運動会というものに積極的に関わってこなかった私がなぜか応援団に立候補したのです。そして運動会までの2週間ほど昼休みを使って旗を振る練習をしました。



2拍子、3拍子、3・3・7拍子といった応援の基本的な旗の練習をしたのですが、私が担当したのが小さい手旗・・・ではなく自分の身長以上の長さがある棒に、自分がほぼ隠れるほどの大きな赤い布が張られた旗でした。



もちろんそのような旗ですから空気抵抗などが加わってかなりの重さがあり、2・3分振るだけでかなり体力が消耗されましたが、運動会当日はしっかりと振ることができ、応援の対決で勝利することができました。(全体では負けましたが・・・)



それからときどき旗を振って応援する機会もありましたが、自分よりも大きな旗を振る機会は今のところ小学生のときだけとなっています。

中学生の時に、体育祭ってありましたよね。



私が行っていた中学校の体育祭では、

クラスの団結力を高めるために、

クラス旗っていうのを作りました。



真っ白くて大きな布がクラスに1枚用意され、

そこに絵を描いたり、文字を書いたりして

それぞれのクラスのオリジナルの旗を作ります。



私が一番、覚えている旗は

絵の上手な子が真ん中に

担任の先生の似顔絵をかいて、

そのまわりにクラス全員が

一言ずつ目標や意気込みを書いた旗。



私の行っていた中学校の体育祭は

保護者もほとんどの家がお弁当持ちで見に来るような

盛大に行われる体育祭で、

個人競技の他に、

クラス対抗の競技もいろいろあって、

すごく、盛り上がるんですね。



その、応援で旗を使います。

クラス全員が競技に参加するときは

担任の先生や、怪我をして参加できない子が

旗を持って応援したり、

個人競技の時は

応援係の子が旗を持って応援したりします。



体育祭が終わった後も

3学期の終了式までずっと教室に飾っていました。



みんながすごく愛着を持っていた旗でしたよ〜。

年末に、お餅やおかきを注文しに、
私の地元で有名なお取り寄せ店の本店にいったのですが、
ここの庭園がきれいで思わず写真に撮っておきました。

その写真で、印象的だったのが「日本国旗」ですね。
ちょっと暗くて分かりずらいかもしれませんが、ご了承くださいね。

静かな庭園にたたずみ、そして、凛として立っているので、
しばらく足を止めて、眺めていました。

学校に通っていたときも、旗を見ると圧倒されましたが、
なにか重みのような、これまでの歴史を感じさせるものですよね。旗は。

特に日の丸国旗には、今回のような、静かな庭園にあると、圧倒されますね。




中学生のとき、運動会で各クラス応援団旗を作ることになっていた。

それぞれクラスでデザインして、書き上げるのだが

運動会では、それがカラフルにはためく。

旗をかかげて応援する姿は、今も忘れない。

旗を作るときの、いろいろな思い出も今では忘れられないものとなっている。

その旗をみる保護者も楽しみにしたようで

わが子のクラスの旗のテーマなどをプログラムで確認していた。

運動会の評価も楽しみだったが、親から「旗がきれいだった」とか

「上手に出来ている」といわれると、やはりうれしかった。

子供の頃によく秘密基地を作って遊んだ。

誰にも見つからないような場所で子供ならではの子供だけの場所。

山の中にやぐらを組んで、懐中電灯やお菓子をみんなで持ち寄り、

ひっそりと遊んでいた時代がありました。

皆さんも経験ありませんか?



この前、仕事で、山道を通っていたとき、

なにやら手作りの「旗」が掲げてありました。

それは、近所の子供達が作った、秘密基地でした。

すごく懐かしかった。

白地に黒いマジックで、「秘密基地」と書いてある。

書いてしまったらバレるよ???(笑)

と思いつつ、そのまま素通りしてあげました。。。

他には、よくわからなかったけど、龍?のような絵が描いてあり、

すごく一生懸命なんだと思いました。



「旗」は目印!

子供達が仲間を集める場所に「ここだよ!」という心の拠り所を記している。

そして、その「旗」は皆の心の象徴でもある。

皆の想いがこもった「旗」

ずっと、掲げていて欲しいなぁ。

「旗」について考えてみる。

国旗 運動会の旗 学校の旗 宣伝用のドライブ中にみる車のディラーなんかではためいている旗 大安売りの旗 飲み屋の前に立っている旗 映画に出てくる兵隊さんが持っている旗 日本の武士が馬に乗って戦いに行くときさしてる旗

サッカーの試合とかで、観衆がもってるおっき〜な旗? マラソンで応援している人が持っている紙の旗? お誕生日のオードブルやカクテル?(ありゃ傘か?)に刺さっているかわいらしい旗 日の丸弁当(今の子は見たことないよねきっと。)

私の記憶の中で、一番印象に残っている旗は、高校野球で応援に使った、大きな旗ですね。私が在学中、野球部が、ベスト8までいったことがあり、その時に使われた大きな旗は今でも印象に残っていますね。

 いつも球場の一番高いところにあった、この旗が風になびくと、大きく舞って、かなりの迫力がありました。今では、その学校も統廃合で、合併することになり、その大きな旗を見る機会も、なくなりつつあります。応援だとともにあったあの旗の勇士をもう一度みたいと、考える時がありますね。

広告手段にはいろいろの方法があります。

代表的なものに看板がありますが、看板はかなり大掛かりな広告媒体だと思います。

そのほか、のれん、提灯などがありますが、飲食店の広告媒体に限られそうです。

その点、旗は小回りのきく広告媒体ではないでしょうか。



あるとき、かなり広い体育館で、物産展が開かれました。

各県からいろいろな名物を出品されていました。いろいろなものがあり、どこに行こうか迷っていましたが、カラフルで目だった旗でアピールしていた県の物産ブースに引かれて、そこに最初に行きました。

旗は使い方によっては、有力な広告媒体だと思います

旗といえば思い出すのが大学時代の応援団が持っていたもの。

とくに、野球の応援には欠かせないものだった。

いかにも重そうで大きな旗をただ持っているだけでも大変そうだったが、それを球場に背を向け右に左に揺らしていると、応援席のわれわれは否が応でも注目してしまった。

毎年、春と秋のシーズンには、詰襟姿の(それだけでも暑苦しそうなのに)の下級生らしき応援団が、首やおでこに青い血管を浮き出させながら懸命に旗を振る姿は、一体感を醸し出すのには十分だった。